コラム

2022/10/28 コラム

「餃子の王将」社長射殺事件被疑者逮捕の滑稽さ

2022年10月28日、9年前に起きた「餃子の王将」を展開する会社の社長が京都市の本社前で拳銃で撃たれて殺害された事件で、警察は工藤会系暴力団の幹部を殺人などの疑いで逮捕したとのこと。

「餃子の王将」社長射殺事件 別事件で服役中の暴力団幹部逮捕
20221028 1444
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221028/k10013873171000.html

A容疑者(注:記事中では実名)は平成20年に福岡市で大手ゼネコン「大林組」の社員などが乗った車に拳銃を発砲する事件を起こしたとして4年前に逮捕されて現在は福岡刑務所で服役しているという。

ここで、疑問に思う。本件で被疑者を逮捕するのはおかしくないだろうか。

報道では逮捕された事件ばかり目にするが、実は逮捕される事件の方が少ない。令和3年版の犯罪白書によると、検察庁既済事件(過失運転致死傷等及び道交違反を除く。)について, 全被疑者(法人を除く。)に占める身柄事件(警察等で被疑者が逮捕されて身柄付きで検察官に送致 された事件及び検察庁で被疑者が逮捕された事件)の被疑者人員の比率(身柄率)は、令和2年は34.8%である(https://www.moj.go.jp/content/001365731.pdf)。6割の事件は逮捕されないのである。

では、逮捕されるのはどのような場合か。刑事訴訟規則143条の3は、明らかに逮捕の必要がない場合とのタイトルの下、次の通り定めている。

逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。

逮捕の理由というのは、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」である(刑事訴訟法199条1項参照)。相当の嫌疑のある場合であっても逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがなければ、逮捕することはできないのである。却下「しなければならない」と定め、逮捕状の請求を受けた裁判官に裁量の余地を認めていないことに注意する必要がある。

さて、本件について改めて見てみよう。被疑者は福岡刑務所に服役中とのことである。刑務所に閉じ込められているということだ。
刑務所に閉じ込められている者が、逃亡できるだろうか。いや、できない。
刑務所に閉じ込められている者が、罪証を隠滅できるだろうか。いや、できない。
本件で、被疑者を逮捕する必要はないのである。これが如何に滑稽であるか。

なお、受刑者であっても、他人を介して逃亡や罪証隠滅を図る可能性がある、といった意見があるかもしれない。しかし、その当否はさて措き、受刑者と外部の者との接触は厳格に制限されており、現実には不可能である。そもそも、このような場合は、受刑者の逃走や罪証隠滅に関与した当該他人の行為は、逃走援助罪(刑法100条)や証拠隠滅罪(刑法104条)に当たる。法は、他人を介する逃亡や罪証隠滅に対しては、それを罪と規定し、刑罰を科すことによって抑止することにより目的を達成しようとしているのである。被疑者の身体を拘束することによって目的を達成しようというのは、法の立場ではないと言うべきである。

では、何故警察は逮捕状を請求したのかと言うと、警察署の留置場に閉じ込めて自由に取調べをしたいからである。しかし、法は、取調べを逮捕の目的とはしていない。

本件で最も責められるべきは、逮捕状を発付した裁判官であることを、指摘しておかなければならない。

以上

 

© 私はあなたのみかたです – 弁護人橋本太地